映画「愛はステロイド」を映画館で観てきました。
映画「愛はステロイド」は女性2人の友情をクローズアップしたA24のアメリカ映画。概ね映画評は高評価で気になる存在だ。ローズ・グラス監督をはじめとして両主演女優は知らない存在だけど、悪玉エドハリスが出演していることが気になる。原題「Love Lies Bleeding」という「血」の文字なので何かありそうだ。
1989年のアメリカ・ニューメキシコの田舎町。オクラホマからラスベガスのボディビル大会を目指すジャッキー(ケイティ・オブライアン)は、旅の途中で立ち寄った町でトレーニングジムの従業員ルー(クリステン・スチュワート)と出会い、恋に落ちる。
一人暮らしのルーには姉がいて夫JJは家庭内DVの常習者、父親クラマ(エド・ハリス)はジムや射撃場を経営する町の有力者だが裏の顔もある。ルーの部屋で間借りしながらジャッキーはボディビル大会に向けてトレーニングしている。その矢先にルーのもとに姉が義兄の暴力で入院したという連絡が入る。怒ったジャッキーが義兄の家で痛めつけて殺してしまう。その遺体をトランクに詰めてからの素人2人の暴走は、ずさんな処理で事態を悪化させ、思いもよらない出来事への連鎖へと突き進む。
中盤からの意外な展開でおもしろさが倍増する。良かった。
当初は女性同士の愛を描いたロマンスに見える。気前よく脱いでくれる主演2人のレズビアンプレイのシーンが何度も登場する。ところが、映画が始まり1時間近くたって急転回、単なるラブストーリーではなく次第に物語は「アメリカ的なクライムサスペンス」へと変貌していく。それがいいのだ。
⒈1989年の空気感
携帯電話が普及していない1989年という時代設定、緊急の連絡なのに相手につながらない時代だ。固定電話と留守番電話によるやりとりも現代と違う不自然な感じだ。巨大なアメ車やトラック、ダイナーでの大食いやガブ飲みのコーラはいかにもアメリカらしい。日常生活に銃が付き物の地方都市の風景で粗野なアメリカの姿を浮かび上がらせる。アメリカらしい雰囲気はなじみやすい。
⒉俳優たちの活躍
クリステン・スチュワート(ルー)は単なるレズ女でなく家庭環境が複雑で奥の深いルーを巧みに演じた。ケイティ・オブライアン(ジャッキー)はともかく鍛えてあげた肉体がすごい。激情を兼ね備えて暴力的にもなって男にもつかみかかる。前半の2人のレズビアンプレイはワイルドで見応えがある。そこにルーを慕うレズビアン女の存在が加わり映画のストーリーをおもしろくする。
表と裏の顔を使い分けるクラマを演じるエド・ハリスの存在感はさすがだ。自分が好きな直近のNetflix「さようなら、コダクローム」では柔和な感じだったが、「ヒストリー・オブ・バイオレンス」で見せた得体の知れない雰囲気は健在だ。風貌は晩年の内田裕也を連想させる。エドハリスの存在が作品全体を一段上の水準に引き上げている。
⒊映画のジャンルと監督
自分はクライムサスペンスとしたが、ホラーやノワールなどのジャンルとも言えて決め付けがむずかしい。ローズ・グラス監督は、ジャンルの境界を超えて物語を編み上げる独自の才能を発揮した。同性愛の物語に見せかけながら、アメリカの田舎町を舞台にした破茶滅茶な暴力を描き出す。予想外の殺しの連鎖と素人の暴走感とそれによる破滅が続き、先が読めずに最後まで緊張してしまった。
⒋他の作品との比較
本作はよく『テルマ&ルイーズ』(1991)と比較されている。確かに「女性二人が閉塞から逃避する」構図は共通するが、個人的には『バウンド』(1996)の方が近いと感じた。『バウンド』はレズビアン・カップルがマフィアの金を巡る裏切りと暴力に巻き込まれるクライムノワールであり、愛と犯罪が絡み合う緊張感が良かった。『愛はステロイド』もまた、同性愛を売りにするのではなく、犯罪劇に女性同士の関係を自然に組み込み、暴走と破滅のスリルを描いた作品である。