映画『わたしの知らない子どもたち』を映画館で観てきました。
映画『わたしの知らない子どもたち』は、『ディアドクター』『すばらしき世界』などで知られる西川美和監督が、原案・脚本も手がけた作品である。主演は新人の小八重葵美と二階堂ふみ。出ずっぱりの新人小八重は約500人のオーディションから選ばれた。大健闘だ。これまで西川美和監督の新作は必ずチェックしている。早々に映画館に向かう。
戦後の混乱を生き抜いた孤児たち。西川美和監督の力量を改めて感じさせる
西川監督が膨大な資料を読み、関係者に取材を重ねて作品を作り上げたことが十分に伝わる。戦争が終わった後も続く人々の苦労、とりわけ社会から取り残された孤児の生活をここまで具体的に描いている作品はないのではないか。上映時間は150分と長いが、それほど長さを感じなかった。重い内容ではあるものの、丁寧な時代考証と人物描写によって最後まで見せてくれる。

物語は1945年3月9日、東京大空襲の直前から始まる。12歳の茅野琴子(小八重葵美)は、音楽家の父・孝一(竹野内豊)のもとで育った。疎開先の学校で友人とピアノを連弾していると、ほかの生徒から敵性音楽を弾いていると非難される。担任の曽根文美子(二階堂ふみ)も、琴子たちを十分にかばうことができない。いつになったら自由にピアノを弾けるのか。その問いに答えられない。
やがて敗戦を迎え、疎開先から東京へ戻る子どもたち。上野駅では友人の父親が迎えに来ているが、琴子の両親は姿を現さない。両親が迎えに来ると言い張る琴子は、曽根が勧める孤児施設にも行こうとせず、上野駅で一人取り残されてしまう。
琴子は、上野の地下道や闇市をさまよう。上野のガード下で靴磨きを始めた琴子は、隣で働く女性が男に買われる現実を目にする。少女であることが危険につながる時代。琴子は髪を切り、少年の姿となって「吉田茂男」と名乗り生きていく。やがて同じような境遇の孤児の少年たちと知り合い、闇市を仕切る菊沢組の親分・菊沢徹(岡田准一)のもとで働くようになる。

(わからなかったのは)
実家の防空壕のような場所で兄・律朗(櫻井海音)と再会し、闇市で兄が傷痍軍人のヴァイオリンを借りて演奏する場面がある。周囲から絶賛される演奏の後、場面が変わると琴子は一人になっている。この再会が現実だったのか、琴子の空想だったのかが気になる印象的なシーン。
⒈ヤクザの菊沢(岡田准一)とTV「あんぱん」との共通点
菊沢が扱うのは闇物資であり、現在の闇バイトにも通じるような仕事だ。子どもたちを料亭へ連れて行き、芸者をあげて遊んでいる男たちを見せる。戦争で悲惨な目に遭った者がいる一方、うまく戦争を切り抜けて、こんな暮らしをしている者もいると語る。その口調は正義感に満ちたものではなく、世の中とはそういうものだという冷めたものだった。菊沢自身も警察との持ちつ持たれつの関係の中で、危うい商売を続けている。
この菊沢という人物には、NHKの連続テレビ小説『あんぱん』で妻夫木聡が演じた八木との共通点がある。戦後の混乱期に商売を営み、若者たちの面倒を見ながら町の顔役として生きる人物である。NHKなので裏社会の部分を露骨に描かないが、基本的には似た人物像である。

⒉小学校教員の曽根(二階堂ふみ)
元教師の曽根も、敗戦によって苦しい生活を強いられる。疎開先から帰京する際には妊娠しており、やがて父親のいない赤ん坊を抱えて仕事を探す。でも子連れでは容易に雇ってもらえない。結局、子どもを預けられるという条件から、進駐軍兵士を相手にする特殊慰安施設で働くことになる。
この展開については少々疑問がある。戦後は教員が不足していた時代である。教員経験のある曽根なら復職という道もあったのではないか?実際、自分が小学生だった昭和40年代前半には、戦前から教師をしていた女性がいた。当時終戦からわずか20年余りしか経っていなかった。とはいっても、乳児を抱えて働くには預け先の問題もあり、当時の女性にとって厳しい時代だったことは想像できる。そういえば、あんぱんの今田美桜も戦前は教員だった。

⒊離島の孤児施設
琴子たちは菊沢のもとで働くうちに警察に補導されて離島にある戦災孤児の施設へ送られる。調べて初めて知り驚いたのは、こうした離島への収容が実際に行われていたという歴史的事実である。東京湾の第五台場には東水園という施設があり、八丈島にも戦災孤児を収容する施設が存在した。
施設では、琴子が初潮を迎える重要な場面もある。男の子として暮らしてきた琴子は、突然の出血に驚き、婦人警官に相談する。しかし、婦警はませた少年が卑猥な話をしていると思い、怒って取り合わない。一方、仲間の少年の一人は事情を察したように、何も言わず血の跡をさっと流す。少年は琴子が女の子だと気づいていながら、その秘密を守ったのだろう。印象的な場面であった。
⒋新聞記者と脱走
施設は強制労働の飯場のような場所ではない。それでも自由を求める子どもたちは脱走を企てる。新聞記者の諸積(坂東龍汰)が施設を取材することになる。子どもたちは施設の実態を取材させる代わりに、脱走用の船を用意するよう交渉する。脱走当日の夜になっても船が現れず、海へ飛び込んだ子どもたちは危険な目に遭う。
手配された船の漁師山井(役所広司)に助けられ、妻のけい(田中裕子)にも介抱される。けいは琴子が女の子であることに気づくが、それ以上詮索することはない。二人の存在感は強い。

⒌西川美和監督と映画の設定
西川美和監督の作品はすべて好きで、高く評価している。じっくり話をしてみたい魅力的な女性だ。今回も映画としての出来に不満はない。ただ、個人的な好みでいえば、前作『すばらしき世界』の方が上である。あちらは元ヤクザを扱った厳しい物語でありながら、どこかコミカルで、人間のおかしみを感じさせる部分があった。今回の作品は終始暗い雰囲気に包まれている。描かれる時代と題材を考えれば仕方ない。
戦後の闇市や上野の地下道で暮らす浮浪児の姿は、これまで多くの映画や小説で描かれてきた。阿佐田哲也の小説などにも戦後の修羅場は色濃く表れているし、TVの『あんぱん』にも共通する世界がある。戦後のどさくさを描いたこと自体に目新しさはない。
でも、戦後少女が少年のふりをして生き延びたという設定には既視感はない。戦災孤児を離島に収容していたという事実も映画を通じて新たに知った戦後史である。
























