映画「バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年」を映画館で観てきました。
映画『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』は、サヒム・オマール・カリファ監督による2023年のイラク・ベルギー・オランダ合作映画。監督自身もイラク出身のクルド系で、戦争で傷ついたイラク社会を、サッカー好きの少年とその家族を通して描いた作品。イラク映画では直近でフセイン統治時代の『大統領のケーキ』があったが、こちらはイラク戦争以降が舞台。
戦争後のイラクで生き残ろうとする人たち
単純なサッカー映画、あるいは片脚を失った少年の障害克服物語として見ると少し違う。これまで自分が知らなかったイラク戦の現実がいくつも見えてくる。米国系民間軍事会社、イスラム教シーア派とスンニ派の宗派対立、貧困、武器ビジネス、まだ残る地雷原といった要素を通じて2009年のイラクが描かれる。作品としては比較的オーソドックスであってもタメになる。

2009年のバグダッド。11歳のハムディ(アフマド・モハメド・アブドラ)はサッカーのメッシに憧れ、友人たちとサッカーに夢中になっている。父カディム(アセール・アデル)はアメリカに近い民間軍事会社で働いており、そのため地元では「アメリカ側についた裏切り者」と見なされている。街中での反米派との銃撃戦に偶然ハムディも巻き込まれて運悪く左脚を失う。
父カディムへの反米派からの敵意は激しく、自宅に火炎瓶を投げ込まれ、一家は家を焼かれてバグダッドを離れざるを得なくなる。母サルワ(ザフラー・ガンドゥー)の姉がいる田舎での生活が始まる。

⒈イラクの現実
現在につながるイラク社会の姿が見られる。バグダッドの街には戦争の傷痕が生々しく残り、コンクリートの建物は破壊されたままだ。自分が幼稚園の時、すぐ隣の星製薬の建物(現在西五反田TOC)がまさに戦争後の廃墟のように残っていたのに似ている。郊外へ出れば乾ききった荒涼とした土地が広がる。この風景を見るだけで興味深い。イラク戦争が終わった後で人々の日常に何が残るのかを描いた。
⒉イスラム教シーア派とスンニ派の対決
映画にはイスラム教スンニ派とシーア派の対立も入り込んでいる。われわれが高校の世界史で学んだことが現実に生きている。
移動途中の検問では宗派を問われる場面が2回ある。シーア派だとNG。宗派の違いが単なる信仰上の問題ではなく、国内の内戦に関わり、人々の安全を脅かす。一家が田舎で身を寄せる妻の姉もシーア派で、夫が民間軍事会社の犠牲になっており、検問ではスンニ派とウソをついて危なかった。米国側への協力と反発、宗派対立、家族関係が複雑に重なっている。

⒊父親の存在と武器ビジネス
重要なのは主人公ハムディ以上に父カディムの存在である。田舎へ移った父は魚を売って生活しようとするが、見るからに十分な稼ぎはなさそうだ。やがて家賃を滞納する。そこで大家から、戦場跡に残された武器を回収する仕事を持ちかけられる。一度は断るものの、金に困り、結局引き受け地図を渡される。
この「武器ビジネス」は戦場に残された銃器や弾薬そのものを売買する武器商人(ここでは大家)がいて、貧しい人々が地雷による危険を承知で回収に戦場へ向かう。カネにはなるけど、死と背中合わせだ。

⒋集落のTVと修理
集落では少年たちが皆でサッカーを見るためのテレビが壊れてしまう。少年たちはテレビを直し、ロナウドとメッシの対決を見たい。その修理代を作ろうと、父が持っていた武器回収場所の地図をこっそりハムディが持ち出す。
それを手掛かりに、ハムディたち4人も戦場跡へ向かう。そこが地雷原であることは少年たちも承知しており、銃を持った死体に恐る恐る近づく。うまくいくのか?観ているこちらもハラハラする緊張感がある。
ハムディは危うく爆発に巻き込まれそうになる。戦争の残骸を売って得た金でテレビを直し、世界最高峰のサッカーを見たいのだ。
その出来事を経て父とハムディはバグダッドへ向かう。生活のために危険な仕事から逃れられない父と、それでもロナウドとメッシを見たい子どもたち。この対照が作品の核心構図だろう。なかなかきわどい話だ。
























