映画とライフデザイン

映画ブログを始めて17年、年間180〜200本観ます。時おりグルメ記事や散歩して気に入った場所の記事を書きます。gooの閉鎖で移動してきました。

映画「ホーリー・カウ」ルイーズ・クルヴォワジエ

映画「ホーリーカウ」を映画館で観てきました。

映画ホーリー・カウ』(原題Vingt Dieux)はフランス映画、チーズを生産する牧草地帯の若者をクローズアップする。女性監督のルイーズ・クルヴォワジエは当地ジュラ地方出身。実際の牧場を舞台に、素人俳優を起用し、現地の空気をそのまま映像に封じ込めた。カンヌ映画祭「ある視点部門」ユース賞を受賞している。フランスといえばワインにチーズの組み合わせが頭に浮かぶが酪農の映画は初めて。

 

フランス東部ジュラ地方の牧草地が広がる村。18歳のトトンヌ(クレマン・ベルネ=ルヴァイヨン)は、父が営む小さなチーズ工場を手伝いながら夜飲み歩く毎日を送っている。ある晩、街のディスコで若者同士の小競り合いを起こす。その帰り道、父が飲酒運転で事故を起こして命を落とす。残されたのは、まだ7歳の妹だけで母親はいないので面倒をみなければならない。

 

家業はあるものの、少年ひとりでは維持できない。トトンヌはやむなく地元のチーズ工場に勤めることになる。そこは以前喧嘩した少年が働く職場で、いきなりボコボコに殴られる。それでも生活のためにしがみつくうち、少年の妹マリー=リーズ(サラ・ヘナン)と出会う。快活、開放的で人懐っこい彼女に心惹かれ、自然と親しくなっていく。

 

生活に困ったトトンヌは、友人2人と共に地域のチーズコンテストで賞金を得ようと企てる。しかし乳牛も設備もない。友人は車を売って資金を出すが勤め先の工場から生乳を盗み出し、手作りチーズをつくろうとする。だが生乳はなかなか固まらず、焦りだけが募る。そんなとき、チーズ作り職人の女性から「凝乳酵素を加えれば固まる」と教えられ、チーズ作りの仕組みを学ぶ。ようやく形になる頃にトラブルが起きてしまう。

 

フランス映画らしい90分強という簡潔な構成でおおらかな若者を追う

スイス国境近くの牧草地帯で働く青年の成長物語である。試行錯誤を重ねて変化していく過程が丁寧に描かれている。同世代の女の子との無器用な恋に青春の揺らぎを感じてしまう。素人を起用していることで、演技っぽさがなく、自然な動き・表情が多いので親しみやすい。

あいさつで「サリュー(Salut)」って言っているけど、フランス語で、「Salut!(サリュ!)」=「やあ!」で、「Salud!(サルー!)」=「乾杯!」(スペイン語)耳で聞くとスペイン語っぽく聞こえる。このあいさつが好きだなあ。

 

⒈簡潔で無駄のない編集と構成

不必要で長回しの多い凡長な日本映画に接すると、フランス映画の簡潔さがよく見える。冒頭の主人公がはしゃぐシーンの後、ディスコでの酩酊から父の事故、父の死・葬儀・家業の崩壊・少年の喪失感まで多く語らずに簡潔に進める。あの事故のシーンから説明めいた音楽や台詞を一切排して、夜明けの光・残された車・息のむ妹の表情だけで十分に内容が伝わる。まさにフランス的。

チーズ作りの過程、牛の出産シーン、村社会の人間関係などをリアルさをもって描写する。そして90分台という編集構成もお見事。エピソードを枝分かれさせずに、主人公が再生する一筋のライン構造は必要なもの以外を削ぐ。俳優が素人だからこそ、言葉で補うより動きと風景で語るので自然な感触をもつ。

 

⒉おおらかなフランス人女性

マリー=リーズを演じたサラ・ヘナンは、あの牧草地帯の空気と同じリズムで生きている若い女性という感じだ。自由でおおらかなフランスの若い女像を見せてくれる。ショートカットも印象的だ。

お相手の主人公トトンヌは父親が死んで幼い妹と暮らしていかねばならない重荷を背負う。マリーの開放的な性格は、不器用に生きる青年の心を少しずつ解きほぐしていく。おおらかで感情の起伏がそのまま行動に出るタイプで性的行動には積極的で「したくない?」と主人公をベッドに誘う。たどたどしいベッド上の2人は微笑ましい。マリー=リーズの乳首ラストショットには思わず吹き出す。

 

⒊リアルな牧場風景

ジュラ地方の牧草地帯はこれまでフランス映画では観たことがないエリアだ。調べると、コンテ・チーズの産地だ。地図を見るとスイス国境に近く、丘陵と森と放牧地が入り混じっている。牧草地帯を主人公が妹と2人乗りでバイクを走らせる風景がいい。監督の故郷でもある地域で、愛着も感じられる。チーズ作りや子牛の出産をリアルに映して見せ場に取り入れる。

 

親牛のお腹下部に白いものが見えるなあと思ったら徐々に大きくなっていく。子牛の足だ。子牛の出産はドキュメンタリーを観ているようだ。監督インタビューによると、出産シーンは「実際の分娩を撮影したもの」らしい。撮影現場では、スタッフと出演者が実際に何日も待機して、牛が陣痛に入るタイミングを待ったそうだ。演出ではなく本物の出産産まれてグチャグチャの子牛が実にリアルに撮れている。

 

女性のチーズ職人が教えてくれた技術的助言「生乳にこういうものを入れると固まる」というのは実際にはレンネット(rennet/凝乳酵素)のことを指す。フランスの伝統的チーズづくりではこの酵素がミルクのタンパク質を凝固させてチーズに変える。道具や作業手順を細かく見せてくれる。生乳の凝固は自分が知らない世界で興味深い。ミルクは自分の意志で固まってくれないのだ。

 

⒋村のカーレース

最後に向けてのみんなが観にきている「泥だらけのカーレース」シーンが印象的だ。地元の若者が改造車を持ち寄って走らせる年に一度のお祭りのようだ。転倒しても再スタートできる。一回転したりまさに「泥まみれのエネルギー」だ。

映画では泥と笑い声に包まれる中、友人がレースを走り切り、幼いトトンヌの妹が駆け寄る。これがかわいい!その瞬間の歓喜がなんともいえずいい。